歩くことすら遊びにしたがる今日この頃

休暇=遊び、そういう図式が成り立っているのは、

私だけではないと思います。

そして『休暇』には、

日常味わえないことをすべきだと考えている人も。

そして、今自分が働いているのは「お金の為」です。

(生活でもなんでも、結果的にお金が必要なので…。)

仕事をするという日常から離れたところでお金を使う。

そうなると、休暇・遊びの為にお金を使ってしまうことも、

頷ける気がするのです。

日常ではないことが、大切。

日常から少し離れたことで、日常を潤す。

そう考えると、遊びが仕事だった子どもの頃に比べると、

今、遊ぶことを特別なこととしてにお金をかけるのも、

わざわざ遊びとして、変わったこと(あるいは全然変わってないこと)をするのも、

日常を楽しくするための有意義な方法、と言えないこともないのかも知れません。

…子どもの頃、遊びが仕事と言えるほど遊ぶ時間があったか?

そう聞かれると、「習い事もあったし、そんなになかった。」と、答えてしまう気はしますが。

それでも、大人になってからよりは、遥かに身近に『遊び』は存在していました。