これからも多分一生遊び続ける・ひと

子どもの頃ですが『遊び』は『余裕』と、先生が言っていました。

余裕のある生活からしか遊びは生まれない、と。

だから、食べ物に困らない地域の動物はよく遊ぶ、と、

そんな感じのことも言っていた記憶があります。

さらに、人間においてその余裕というのは、『知能』のことである、とも。

要するに、知能が高くなることで生活に困らなくなった。

そして、遊ぶ余裕が生まれたので、

ますますその「遊び」部分から新しいものが生まれた、というのです。

当時は「なるほど」と思いましたが、

今は正直なところ、「ちょっと楽観的な意見かな?」と、

考えてしまいます。

知能が高くなったから、生活が困らなくなったというけれど、

それは、原始的な生活の面で困らなくなったというだけで、

結果的にできあがった現在の社会では、困ることがたくさんあるのです。

でも、『遊び』が『余裕』ということだけは、そうかな?と思っています。

それは、遊ぶことで逆に自分の中に『余裕』を見つけ出せるかな、と。

だからそれは、子どもの頃の遊びとは違うかも知れないし、

お金もかかるものなのかも知れません。

遊びは決して無駄なものではなく、「必要」なもの。

そう考えると、やはり人間はずっと遊び続けるのだ、と考えてしまうのです。